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津地方裁判所松阪支部 昭和62年(ワ)34号 判決

甲・乙事件原告(以下単に「原告」という) 破産者株式会社カツタ破産管財人 村田正人

甲事件被告(以下単に「被告」という) 中西弘

右訴訟代理人弁護士 樋上益良

乙事件被告(以下単に「被告」という) 株式会社 第三銀行

右代表者代表取締役 北田榮作

右訴訟代理人弁護士 田畑弘

主文

一、被告株式会社第三銀行は原告に対し、金四一八万五五一四円及びこれに対する昭和六二年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告中西弘に対する請求及び被告株式会社第三銀行に対するその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告中西弘との間においては全部原告の負担とし、原告と被告株式会社第三銀行との間においては各自の負担とする。

四、この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一、原告の請求

(甲事件)

被告中西弘(以下「被告中西」という。)は原告に対し、金九七六万二八三七円及びこれに対する昭和六一年七月四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(乙事件)

被告株式会社第三銀行(以下「被告銀行」という。)は原告に対し、金九九一万八七〇四円及びこれに対する昭和六二年六月二三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

一1. 株式会社カツタ(以下「破産会社」という。)は、昭和六一年四月二四日津地方裁判所松阪支部において破産宣告を受け、同日原告がその管財人に選任された〈証拠省略〉。

破産会社は、各種ポンプの販売修理を目的とする会社で、当初勝田幸弘(以下「勝田」という。)の個人企業であったが、昭和五一年七月に勝田が代表取締役となって、資本金二〇〇万円で法人化したもので、昭和六〇年一月から被告銀行(平成元年二月一日変更前の商号「株式会社第三相互銀行」)花岡支店との取引が開始され、同銀行が主要取引銀行となっていた〈証拠省略〉。

被告中西は勝田の叔母である中西千代子の夫で、千代子は破産会社の取締役になっていた〈証拠省略〉。

2. 破産会社は、昭和六〇年一月三一日被告銀行から、運転資金として、四五〇万円と二五〇万円の合計七〇〇万円を借り受け、被告中西がその連帯保証人となっていた〈証拠省略〉。

なお、被告中西はまた、破産会社が昭和六〇年三月二七日に国民金融公庫から融資を受けた借受金債務についても連帯保証をしていた〈証拠省略〉。

3. 破産会社は、昭和六〇年一〇月三一日第一回目の手形不渡りを出し、続いて同年一一月三〇日第二回目の不渡りを出して、翌一二月四日銀行取引停止処分を受け倒産した(甲第四六号証)ものであるが、右第一回目の不渡りを出したころ破産会社は、取引先からの受取手形である別紙手形目録記載の約束手形二四通(以下総称して「本件手形」といい、その手形金を「本件手形金」という。)を所持していた。ところが、右第二回目の不渡りを出すまでの間の同年一一月一一日に、破産会社が第一裏書をし、被告中西が第二裏書をした本件手形が被告銀行花岡支店に取立委任のため交付され、同日同支店に、被告中西名義で、本件手形による取立金を入金するための普通預金口座が新しく開設された。そして、その後被告銀行は、本件手形金を支払期日毎に取り立てて右預金口座に順次入金したうえ、同口座資金から随時破産会社の被告銀行及び国民金融公庫(以下両者を合わせて「被告銀行等」という。)に対する前記借受金残債務への弁済のための振替処理をした(以上は被告銀行との間では争いなく、被告中西との間では弁論の全趣旨によって認められる。なお、本件手形金の合計額は別紙のとおり九七六万二八三七円であるところ、原告が、乙事件において、本件手形金合計額が九九一万八七四〇円であるかのごとく主張している点は錯誤によるものと認められる。)

二、(争点)

1. 原告の主張(請求原因)

原告は、

(一)  被告中西に対しては、①主位的に、破産会社は、昭和六〇年一〇月二八日ころ同被告に対し何ら法律上の原因なくして本件手形を裏書譲渡し、同被告は各支払期日にこれを呈示して本件手形金全額を取得したとして、不当利得の返還を求める旨主張し、②予備的に、破産会社は破産債権者を害することを知って右同日ころ同被告に対し本件手形を裏書譲渡し、同被告は各支払期日にこれを呈示して本件手形金全額を取得したとして、破産法七二条一号又は四号による否認権を行使する旨主張し、

(二)  被告銀行に対しては、①同被告は、本件手形金についての被告中西からの悪意の転得者であるとして、否認権を行使する旨主張し(破産法八三条一号による否認権の行使を主張するものと理解される。)、②あるいは、本件手形金による被告銀行への弁済は、実質的には破産会社からの弁済であり、当時破産会社は被告銀行への右弁済が破産債権者を害するものであることを知っていたとして、破産法七二条一号による否認権を行使する旨主張する。

2. 被告らの主張(抗弁)

被告らは、原告の否認権行使の主張に対し、被告らには当時破産債権者を害すべきことの認識がなかった旨主張する。

3. 本件の中心的争点は、本件手形金による被告銀行に対する破産会社の借受金債務の弁済が、保証人である被告中西からの保証債務の履行としてなされたものか、あるいは実質的には主債務者である破産会社からの弁済としてなされたものか否かの点にある。

第三、争点に対する判断

一、破産会社は、約二八名の債権者に対し約六五八四万円余の債務を有する状態で破産宣告を受けたものであるが、昭和六〇年三月期の決算においてすでに約二四〇〇万円の累積赤字を計上しており、被告銀行からも融資枠の制限を受けるなどして、そのころから経営の立て直しを必要とする状態にあったところ、同年一〇月二五日に、破産会社の関連企業であり主要取引先(商品仕入れ先)であった株式会社トウカイポンプ製作所(以下「トウカイポンプ」という。)が、津地方裁判所松阪支部に和議申請をして倒産したことから、一挙に経営困難に陥り、前記のとおり手形不渡りを出して倒産するに至ったものである(前記認定の事実及び〈証拠〉)。

二、以上認定の事実に、〈証拠〉を綜合すると、次の事実が認められる。

1. 勝田は、トウカイポンプが和議申請をした当日ころ同会社の倒産を知り、破産会社の連鎖倒産を回避しようとしたがその具体策が立たないまま、数日後の同月二八日ころには、もはや破産会社も倒産を避けられないことを覚悟するに至った。そこで勝田は、破産会社の倒産によって自己の親戚である被告中西に迷惑を及ぼすことを第一に防止しようと考え、当時破産会社が回収所持していた本件手形をもって同被告が保証人となっている被告銀行等に対する借受金残債務の弁済を優先的に図るため、そのころから同月三〇日ころにかけて、破産会社の危機を察知した当時被告銀行花岡支店の貸付担当役席の職にあった破産会社との取引担当員(以下「被告銀行担当員」という。)及び同支店の支店長らから事情聴取を受けた機会に、本件手形金による右弁済の申し出をしたところ、被告銀行担当員から、被告銀行が破産会社から直接本件手形の取立委任を受けると、手形の支払期日までに他の債権者から手形債権の差押を受けて被告銀行への優先弁済を妨害される恐れがあることから、本件手形は一旦破産会社から保証人である被告中西に裏書譲渡した形をとり、同被告から保証債務の履行として被告銀行に弁済のための取立委任をするのが良策である旨の示唆を受けたため、そのころ被告中西にも図って、本件手形に同被告の裏書をさせたうえこれを被告銀行に取立委任する方法で、同被告が連帯保証している被告銀行等への破産会社の債務を弁済することを企図するに至った。そして、勝田は、同年一一月一一日被告中西とともに被告銀行花岡支店に出頭し、破産会社の第一裏書(被裏書人欄は全て白地)に続いて被告中西が裏書した本件手形を被告銀行に取立委任の形で差し入れ、被告中西はそれまで同支店とは取引がなかったので、同日同支店に同被告の普通預金口座を新規に開設し、以後取り立てられた本件手形金はその都度一旦同預金口座に入金したうえ、これを随時破産会社の被告銀行等に対する債務弁済に振り替えることを依頼した。

以上の過程において、被告中西は、右の操作は勝田と被告銀行担当員との間で協議されたところによるものと理解して、勝田のいうままにその手続に協力したものであって、これによって自己が将来被告銀行に対する保証責任を免れることとなる利益を受けることは理解していたが、本件手形が、破産会社から一旦自己に対して実質的に譲渡され、自己がその任意処分権を取得して本件手形金相当額の利得を得た後に、さらにこれを、自己の任意的自主的意図で、自己の被告銀行等に対する破産会社の借受金債務についての保証債務を履行するため被告銀行に差し入れたものとは考えておらず、それはあくまで、本件手形をもって、自己が保証している破産会社の被告銀行等に対する借受金債務を弁済するための一連の手続として認識しており、他方勝田においても、同様の意図でもって、被告中西に協力を求めていたものと認められる。

2. 証人北垣内は、本件手形金による被告銀行への弁済について、他の債権者からの差押を避けるため保証人からの弁済の形をとることを被告銀行担当員が勝田に示唆したことはなく、それは被告銀行の関知しないところで画策されたものであったかの旨証言するが、右証言部分は、証人勝田及び被告中西の前記各証言及び本人尋問の結果のほか、以下の点に照らしても、容易に信用することができない。

前記認定の事実からも明らかなように、勝田及び被告中西としては、要するに、本件手形金をもって、同被告が保証人となっている被告銀行等に対する破産会社の借受金債務を弁済することを、端的な目的としていたものであるところ、そのためには、本件手形を破産会社から直接被告銀行に取立委任し、取り立てた金員をもって右弁済に充てるのが最も簡潔で手っ取り早い方法であったはずである。しかるに、前記のとおり、本件手形には破産会社の裏書に続いてわざわざ被告中西が裏書をし、同被告から被告銀行に取立委任をした形をとり、それまで被告銀行花岡支店と取引のなかった同被告の預金口座を同支店に設けて、取り立てた手形金を一旦これに入金したうえ、被告銀行等への債務弁済に振り替えるなどの迂遠かつ煩雑な手続がとられているのであるが、これが、勝田及び被告中西らの独自の知識に基づく画策によるものとはたやすく推測できないし、そもそも、本件手形を破産会社から直接被告銀行に取立委任したのでは支払期日までに他の債権者から手形債権差押などの法的手段をとられる恐れがあること及びこれを避けるためには右のような手続を踏むことが有効であることなどの知識を、同人らが予め有していたということも容易に理解し難いところであって、そこには被告銀行担当員の何らかの示唆あるいは関与があったことを十分推測することができ、また、被告銀行担当員が、前記のとおり破産会社が危機状態にある際に、右被告中西名義の新規預金口座の開設及び同口座への本件手形金の入金、さらには同口座からの破産会社の被告銀行等に対する借受金債務への振替弁済などの手続の依頼を受けるに当たって、そのことの目的を関知していなかったということも極めて不自然であり、納得できないところである。

三、以上によれば、本件手形金をもってなされた破産会社の被告銀行等に対する借受金債務の弁済は、その手形上の裏書記載及び預金振替手続等の上からは被告中西からの入金によるものであるかのごとく処理されているが、それは、他の債権者の妨害を避けるためにとられた便法であって、その実質は、破産会社からの被告銀行等に対する弁済行為にほかならないものと認めることができ、かつ、破産会社が、当時これが破産債権者を害する行為であることを知っていたことは明らかである。

そして、前記認定の事実並びに〈証拠〉によれば、当時被告銀行花岡支店においては、破産会社が前記のとおりその関連企業であり主要取引先であったトウカイポンプの倒産に伴って第一回目の手形不渡りを出したことはその当日直ちに関知しており、かつ、遅くとも本件手形の取立委任を受けた昭和六〇年一一月一一日ころまでには、破産会社が早晩第二回目の不渡りを出す危機状態にあることをも予知していたことが認められる(証拠)ところ、してみれば、その後において被告銀行が、本件手形金をもって破産会社に対する貸付金債権の弁済を受けるに際して、これが破産債権者を害することの認識があったことは十分推測され、右認識がなかった旨の同被告の抗弁は容易に採用できず、他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

四、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

被告銀行は、前記被告中西の預金口座に入金された本件手形金等の資金の内から、被告銀行の破産会社に対する前記貸付金残債権(元利金及び遅延損害金等)につき次のとおり弁済充当し、これをもって右貸付金債権は全額弁済された。

1. 昭和六一年一月一三日 一四三万一二二九円

2. 同年 一月三一日 一〇万九八〇七円

3. 同年 二月一七日 二七五万六八七九円

合計 四二九万七九一五円

そして、右弁済金は、右最終弁済日である昭和六一年二月二七日までに前記被告中西の預金口座に入金された合計六四〇万七八二二円の中から振替出金されているところ、右金額中には、同日までに取立てされた別紙手形目録記載1ないし11の各手形金合計六二九万五四二一円のほかに、同預金口座開設に当たって現金で入金された一一万円と同月一〇日に入金された預金利息二四〇一円の合計一一万二四〇一円の別途資金が含まれているところ、右被告銀行の貸付金債権の弁済に充てられた振替金にこれらの別途資金が含まれていないことを認めるべき証拠はない。したがって、本件手形金から右被告銀行の貸付金債権に振替弁済されたと認め得る金額の限度額は、右弁済金合計額四二九万七九一五円から一一万二四〇一円を控除した四一八万五五一四円となる。

なお、前記認定のとおり、被告銀行は、前記被告中西の預金口座から、破産会社の前記国民金融公庫に対する借受金残債務についてもその弁済のための振替処理をしており、その最終的合計額が五三一万二二六二円であることは原告と被告銀行との間に争いがないが、証人北垣内の証言によれば、右は、被告銀行が勝田の依頼により、単に国民金融公庫の窓口機関としてその処理手続を行なったものであって、右弁済金については、被告銀行は何らの受益も得ていないものであることが認められる。

五、(結論)

以上によれば、原告の被告中西に対する請求は、同被告には本件手形金による直接的利得ないし受益があったとは認められないことから、その余の点について判断するまでもなくいずれの主張についても理由がなく、被告銀行に対する請求は、破産法七二条一号による否認権の行使に基づき四一八万五五一四円の支払いを求める限度で理由がある。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 大西秀雄)

〈以下省略〉

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